デジタルツインとは、物理空間上のデータを集めて仮想空間でリアルに再現させる技術のことです。リアルなシミュレーションが行えるデジタルツインはさまざまな領域で活用されており、特に製造業においては製品開発や安全管理、品質向上などに役立ちます。
しかし、デジタルツインとは何か理解していない方も多いでしょう。デジタルツインの導入を検討する際は、まずはデジタルツインそのものやメリットについて理解することが大切です。
本記事では、デジタルツインについて、技術やメリット、活用事例などを解説します。デジタルツインを事業に活用したいと考えている方はぜひご覧ください。
物理空間を仮想空間でリアルに実現するデジタルツインとは
デジタルツインとは、物理空間上のデータを集めて仮想空間に再現する技術のことです。物理空間と仮想空間が一対一で対応することから、デジタルの双子という意味でデジタルツインと呼ばれます。その名のとおり、実際のデータをリアルタイムで仮想空間に反映するため、リアルな環境を再現できる技術です。
デジタルツインであれば、現実世界の限界を超えられます。リアルな状況下でシミュレーションを繰り返したり、将来を予測して適切なタイミングで対応できたりと、デジタルツインならではのさまざまなメリットがあるのです。
デジタルツインは最近注目されている技術ですが、その歴史はNASAのアポロ計画にまで遡るとされます。当時、宇宙飛行中に酸素タンクの爆発事故が発生しましたが、デジタルツインを活用したシミュレーションにより、地球に生還できたといわれています。
また、2017年にデジタルツインが戦略的テクノロジー・トレンドにおいてトップ10の1つに選出されて以降、デジタルツインを実現するさまざまな技術の発展とともに、デジタルツインの活用が進んできました。
デジタルツインとシミュレーションの違い
シミュレーションとは、さまざまな状況を想定して設定した条件の中で実証実験を行うことです。しかし、その条件はあくまでも現実の条件とは異なるため、実際にはシミュレーションどおりにいかないことも多いという問題があります。
一方のデジタルツインでは、仮想空間が現実世界を再現しているため、現実の条件下での実証実験が行え、また物理空間の情報を即座に反映できるため、リアルタイム性に優れたシミュレーションが可能です。このようにデジタルツインには、従来のシミュレーションに比べてリアルな実証実験が行えるという特長があります。
活用の可能性と技術の発展で注目されるデジタルツイン
デジタルツインが注目されている背景には、幅広い活用の可能性と技術の発展があります。
デジタルツインは製造業や建設業、スポーツなどのあらゆる分野において活用され、革新的な変化をもたらす存在として期待されている技術です。
また、AIやIoT、5Gといったデジタルツインを構成する技術の発達に伴い、デジタルツイン自体の精度も高まっています。よりリアルな仮想空間を作ることができれば、さらに活用範囲は拡大するでしょう。このように、デジタルツインの幅広い活用の可能性と技術の発展により、デジタルツインは高い注目を集めているのです。
デジタルツインを実現する5つの技術
デジタルツインは、以下のようにさまざまな技術の集合によって成り立っています。
- データを再現するIoT
- リアルなシミュレーションを実現するCAE
- データを分析するAI
- リアルタイムでデータを反映する5G
- 物理空間にデータをフィードバックするAR・VR
簡潔に説明すると、AIやIoTで収集したデータをAIを使って分析、5Gを使って仮想空間に送信し、ARやVRの技術でデータを仮想空間に反映します。そして、CAEの技術が仮想空間上でシミュレーションを実現するのです。
このようにさまざまな技術が相互に連携し、デジタルツインという高度な技術を構成しています。ここでは、5つの技術について詳しく見ていきましょう。
データを仮想空間で再現する「IoT」
IoTとは「Internet of Things」の略で、インターネットと接続して通信を行う技術のことです。IoTは、センサやカメラなどを通してデータを自動で収集し、継続的に送信します。物理空間上のさまざまな情報を集め、データを送り続けることによって仮想空間を構築するのです。IoTは、データを仮想空間で再現するために不可欠の技術といえるでしょう。
リアルなシミュレーションを行う「CAE」
CAEとは「Computer Aided Engineering」の略で、製品開発の初期段階からシミュレーションを十分に行い、高度な製品開発を実現するための設計技術のことです。製造業で発展してきた技術であり、エラーの原因を解明したり、コンピュータ上で試作や検証を繰り返したりできます。
デジタルツインにおいては、仮想空間でシミュレーションを行うことです。リアルで高度なシミュレーションを行うためには、CAEの特別な技術を必要とします。
集めた大量のデータを分析する「AI」
デジタルツインでは、データを集めて素早く効率的に分析する必要があります。そのため、大量のデータ収集と分析を可能にする高い情報処理能力を持ったAIが必要不可欠です。AIは仮想空間を作るための元になるデータを収集する役割を果たします。
AI技術が発展することで、取得が難しかったデータについても仮想空間に反映できるようになるため、デジタルツインの精度が向上するのです。
リアルタイムでデータを反映する「5G」
5Gは、大容量のデータを超高速で送受信できる技術です。携帯電話やドローン制御、自動走行などに活用できる技術として注目されており、デジタルツインを支える技術としても期待されています。
デジタルツインでは製造現場や都市の様子など、膨大な情報量を仮想空間に届けなければなりません。従来の通信技術では、データ容量と通信速度に課題がありました。しかし5Gは、大容量のデータを高速かつ遅延を防いで送信できます。そのため、IoTで収集した大量のデータを仮想空間に超高速送信し、現実に即した環境をリアルタイムに構築することが可能です。
デジタルデータを物理空間にフィードバックする「AR・VR」
ARは物理空間を拡張させる「拡張現実」、VRは現実世界のような仮想空間を作り出す「仮想現実」です。物理空間をリアルに反映した仮想空間でシミュレーションなどを行うデジタルツインでは、仮想空間におけるシミュレーションの様子や不具合などを視覚化し、データを物理空間にフィードバックするためにARとVRの技術も必要になります。
ARやVRとデジタルツインは混同されがちです。現実世界にデジタルデータを重ね合わせられるのがAR、そしてCGで没入感のあるリアルな世界を作り出せるのがVRであるのに対し、デジタルツインは現実世界のデータをそのまま仮想空間に再現できるという点で違いがあります。
デジタルツインの5つのメリット
物理空間上の制限を超越し、仮想空間でリアルなシミュレーションを行えるデジタルツインは、活用することで以下のようなメリットを得られます。
- 安全性の向上や迅速なトラブル改善が可能になる
- 製品の品質向上や生産の効率化に貢献する
- 製品開発における失敗のリスクを軽減できる
- コスト削減・リードタイム短縮につながる
- アフターサービスの充実や、顧客満足度アップに活かせる
デジタルツインならではのメリットを知ることで、活用意義をより理解できることでしょう。ここでは、デジタルツインの5つのメリットを解説します。
安全性の向上・迅速なトラブル改善
デジタルツインによって、現場の遠隔監視が可能です。何らかの異常が発生した場合、デジタルツインと連携したセンサが情報を収集し、それを仮想空間上で忠実に再現することで、遠隔でも迅速に対応できます。
従来、トラブルが発生した場合、製造部門や顧客のフィードバックをもとに原因分析や対策検討が行われていました。しかし、リアルタイムのデータを反映できるデジタルツインならば原因を即座に特定し、すぐに改善につなげられます。
このように、安全性の向上や迅速なトラブル改善を実現できる点が、デジタルツインの持つ大きなメリットの1つです。
製品の品質向上と生産の効率化
デジタルツインでは、仮想空間で実際の現場をリアルに再現し、施策を繰り返せます。そのため、製品の品質向上が期待できるのです。また、製品自体にIoTセンサを搭載することで、使用感に関するデータを自動的かつ大量に収集でき、今後の製品開発や改良に活かせます。
さらに、シミュレーションを通して適切な人員配置やスムーズで無駄のない生産工程を検討できるため、生産の効率化も可能です。
製品開発におけるリスク軽減
デジタルツインを活用すれば、仮想空間でシミュレーションを繰り返せるため、製品開発において失敗のリスクを軽減できます。特に、新製品開発においてコストや人員などのリソースを気にせず、トライアンドエラーを繰り返せるのは大きなメリットです。
さらに、実際に開発を行う前に仮想空間上で行ったシミュレーション結果を社内で共有し、関係者で検討や改善のための議論を入念に行えます。そのため、製品開発におけるリスクの軽減と品質向上が可能です。
コスト削減・リードタイム短縮
仮想空間でシミュレーションを行い、実際の現場にフィードバックすることで、新製品開発にかかるコストを削減できます。通常ならば試作にかけられるリソースには制限がありますが、仮想空間ならば予算やスペース、人員などの制限を気にせずに何度もシミュレーションが可能です。
また、人員配置の再考や工程の見直しなどを柔軟に行えるため、生産管理の効率化にも貢献します。コストだけではなく、リードタイムを短縮できることも大きなメリットです。
このように、デジタルツインを活用することで、開発におけるコスト削減や生産管理の最適化に伴うリードタイムの削減が実現します。
充実したアフターサービス・顧客満足度の向上
デジタルツインは製品の開発や製造だけではなく、出荷後の管理にも役立ちます。商品出荷後の状態をデジタルツインで再現して確認することで、アフターサービスに活かせるのです。商品使用にあたって顧客が抱える疑問や不満を汲み取ってニーズにあった提案を行ったり、シミュレーションで故障時期を予測して適切なタイミングでメンテナンスを案内したりなど、充実したアフターサービスを実現します。
また、購入後のニーズを把握し、改善や新製品の開発に活かすことも可能です。このように、デジタルツインを活用することで、顧客満足度の向上も期待できます。
デジタルツインが活用される領域と事例
デジタルツインは高精度のシミュレーションを実現するため、前述のとおりさまざまな分野に活用される可能性を秘めています。製造業をはじめ、スポーツや都市計画などあらゆる領域でイノベーションを推進することが期待されている技術です。ここでは、デジタルツインの活用事例を製造業、建設業、化学、災害対策の4つの領域ごとに紹介します。
【製造業】富士通による中国・上海儀電の支援
製造業では、特にデジタルツインを活用することでイノベーションが起こると期待されている領域です。生産工程の最適化や安全管理、製品開発などにデジタルツインが活用されます。
富士通は、パートナー企業である上海の上海儀電を支援する「スマート製造プロジェクト」を推進中です。上海儀電は、デジタルツインで工場を完全に再現し、富士通が提供する技術を用いて遠隔で監視できる体制を整備しました。異常をすぐに検知して迅速に対応し、改善につなげられるようになったのです。また、熟練工の作業の様子をデジタルツインで再現し、専門性の高い技術をより多くの作業員が習得できる仕組みも作っています。
【建設業】鹿島建設の「3D K-Field」
建設業では、施工から維持管理までの各工程を最適化したり、安全性を向上させたりするためにデジタルツインが活用されています。
鹿島建設は、建設現場のデジタルツイン「3D K-Field」を開発し、建設現場の遠隔監視を実現しました。IoTセンサを利用して建設現場のあらゆるデータを取得して仮想空間上にリアルタイムで可視化し、遠隔監視を可能にしたのです。建設現場を遠隔で監視することで、現場の効率的な管理や安全性の向上につながっています。
【化学】旭化成の水素製造プラントへの活用
化学領域では、プラントの安全管理にデジタルツインが活用されています。プラントごとに扱っている化学製品が異なる場合、異常に対応するためそれぞれに熟練技術者を配置することが必要です。しかし、常に全ての人材が現場に揃っているとは限りません。技術者が不在の際に異常が起こった場合は、対応が遅れてしまう可能性もあります。
そこで、旭化成はプラントを遠隔監視できるデジタルツインを開発しました。異常が起こっても遠隔で対応できる体制を作ることで、技術者がどこにいても迅速に対処できるのです。旭化成は、十分な効果が検証できれば将来的に海外のプラントも日本で監視し、対応できるようにすることを視野に入れて整備を進めています。
【災害対策】保険とコンサル、通信による共同研究
災害対策にも、デジタルツインが活用されています。デジタルツインによって河川やダムのデータを仮想空間に反映して災害の発生を予測したり、災害の状況をリアルタイムで監視できたりと、従来よりも正確で効果の高い災害対策が可能です。
東京海上日動火災保険と東京海上ディーアール、NTTコミュニケーションズの3社は、災害対策におけるデジタルツインを共同で研究しています。NTTコミュニケーションズが保有する災害や空間などのデータに、東京海上日動火災保険のリスクデータと東京海上ディーアールの分析ノウハウを合わせ、デジタルツイン上で災害を予測し、適切な対策や補償を行う仕組みを作ろうとしています。
研究が進めば、災害に対応できるソリューションが自治体や企業にも提供され、災害に強いまちづくりが進むでしょう。このように、デジタルツインを活用することで、従来よりも強固で適切な災害対策の実現が期待されているのです。
まとめ
今回は、現在注目されているデジタルツインとは何かについて、技術やメリット、活用事例などを詳しく解説しました。デジタルツインは、物理空間上のデータを仮想空間に再現することで、リアルで正確なシミュレーションを可能にします。多くのメリットがあり、製造業や建設業、化学、災害対策など、あらゆる領域に活用されている技術です。
特に、製造業における安全管理や製品開発のリソース、生産工程の効率化などに課題を感じている方は、デジタルツインの活用を検討してみてはいかがでしょうか。